【ワシントンDC近郊】アーリントン墓地 アメリカで一番有名なお墓を訪問

旅行

こんにちは、アメリカのグンマーゆきです。

ワシントンDCに行ったなら合わせて立ち寄りたいのがアーリントン墓地。アメリカの戦没者をまつる慰霊施設ですが、ケネディ大統領など著名な人物が眠るお墓としても有名で観光スポットになっています。

この記事では、有名な慰霊碑や見どころの衛兵交代式などを含め、半日で歩いて回れるおすすめルートを紹介します。

この記事でわかること

  • 【基本】アーリントン墓地の概要
  • 【おすすめルート】
    • ケネディ大統領のお墓
    • 円形劇場
    • 無名戦士のお墓・衛兵交代式
    • スペースシャトル慰霊碑

アーリントン国立墓地

概要

アーリントン国立墓地(Arlington National Cemetery)は、アメリカの軍人やその家族、戦没者やテロ犠牲者、またアメリカへの功績が称えられた人物などが埋葬される国立墓地です。1864年、奴隷解放などを巡りアメリカ北部・南部間で戦った南北戦争の戦没者墓地として築かれて以降、第一次・第二次世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争の戦没者が眠っています。

敷地は624エーカー(2.5㎢)、なんと東京ドーム50個以上!毎週約40人のお葬式が行われており、ここに30万基以上、約40万人が埋葬されています。広大に思える土地も手狭になってきていて、現在50エーカーの拡張工事が行われていますが、2060年代半ばには土地が足りなくなってしまうと予測されているそうです。

アクセス

ワシントンDCの中心地からポトマック川を渡り、バージニア州にあります。

住所Arlington, VA 22211 
時間4月~9月 :午前8時ー午後7時
3月~10月:午前8時ー午後5時
駐車場あり

地下鉄

最寄り駅は地下鉄ブルーラインのArlington Cemetery駅です。地上に出ればそこはすぐアーリントン墓地の敷地で、目の前の白い建物に向かって歩くと入り口が見えてきます。

駐車場はアーリントン墓地内にあるビジター用駐車場(1時間3ドル)を利用できます。入場時にチケット発券し、帰る際に駐車場内にある機械で事前支払いを行います。支払い済みチケットが出てくるので受け取りをお忘れなく!支払い済みチケットを出口の機械にかざして出庫します。

ゆき
ゆき

アーリントン墓地に近づくと渋滞していることが多いですが、お墓参りの方か観光客か駐車場入り口で口頭確認して案内しているためです。徐々に進みますのでゆっくり待ちましょう。

ツアーもあります

arlington cemetry

ガイドさんが案内するバスツアーがあります。カートでアーリントン墓地内を周り、有名なお墓周辺ではカートを乗り降りして見学できます。ツアー概要はこちら。

●料金
大人:$19.50
シニア:$15.00(65歳以上)
子供:$10.75(4歳未満は無料)

●時間
8時30分~16時まで、30分ごとにツアーが出発

●訪問場所
無名戦士のお墓
ケネディ大統領家族のお墓
アーリントンハウス
パーシング合衆国総軍元帥のお墓
※週末は上記に加え、9.11メモリアルなどさらに3か所を訪問

●申し込み
オンラインで事前予約
・アーリントン墓地のウェルカムセンターデスク

ツアーに参加しなくても、無名戦士のお墓、ケネディ大統領のお墓、アーリントンハウスは徒歩で周ることができますのでご心配なく。お疲れの方や、遠くまで足を運びたい方はツアーがおすすめです。

アーリントン墓地を訪問

ウェルカムセンター

入り口で荷物検査とX線検査を受けます。怪しいものを持っていなければ特に何も言われません。飲み物は持ち込みOKなので、持参することをおすすめします。日差しを遮るものがない広大な丘を歩き回りますので、暑い日は特に熱中症に要注意です。

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ウェルカムセンターにはアーリントン墓地の歴史が分かる展示や、お土産屋さん、ツアーデスクがあります。ツアー参加を希望される方はこのデスクで申し込みをします。3月終わりの平日は観光客が多く、墓地内をめぐるツアーバスは大賑わいでした。平日だったので学生グループも多く、社会科見学なのかなと思われる集団を5,6グループ見かけました。

アーリントン墓地

入り口を入ると小高い丘一面に、白い墓石がずっと広がっています。墓石にはお名前と日付、軍人であれば従軍した戦争名、日付が彫られています。アメリカは一般的に土葬文化で、棺がこの墓石の下に埋められています。

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アメリカは5月の最終月曜日を戦没者追悼記念日(Memorial Day)に定めていて、各地でパレードや追悼式典が行われます。以前メモリアルデーにアーリントン墓地に来たのですが、その日は小さな星条旗がすべての墓石の前に立てられていました。新緑のなか星条旗が一面にたなびいているその光景は圧巻で、「戦勝国アメリカ」を感じました。

この日も葬儀が行われていて、マーチングバンドの演奏を先頭に、星条旗がかけられた棺が7頭の馬にひかれていくのを見ました。アメリカに来ると様々な場所で軍人さんへの敬意を感じます。お葬式も故人の栄誉を称え、まるでパレードのように盛大に行うんだなと思いました。

ケネディ大統領のお墓

入り口から約10分、丘を昇るとケネディ大統領のお墓があります。奥さんのジャクリーン・ケネディ夫人と、子供たち(お腹の中で亡くなった子と生後2日で亡くなった子)と一緒に眠っています。大統領は生まれ育った州に埋葬されるのが一般的である中、ジャクリーン夫人や、大統領の弟のロバート・F・ケネディのはからいで、ケネディ大統領はアーリントン墓地に埋葬されることになりました。アーリントン墓地に埋葬されている大統領は、ケネディタフト2人だけです。

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1963年当初はフェンスで囲われた20フィート×30フィートの区画に埋葬されましたが訪問者数があまりに多く、現在の形に整備し直されました。ケネディ大統領の死後1年間は、1時間に最大3,000人、週末には推定5万人が訪れ、死後3年の間に1,600万人以上の人が訪れたそうです。

ケネディ大統領のお墓には永遠の火(Eternal Flame)と呼ばれる火がともされています。お墓が完成した1967年にジャクリーン夫人が点火した火で、消えることなく燃え続けているそうです。多くの観光客がここで足を止め、ケネディ大統領を悼んでいました。お墓は高台にあって、リンカーン記念堂、ワシントン記念塔を望むことができます。

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ケネディ大統領のお墓から小道にそれたところに弟のロバート・F・ケネディのお墓もあります。ケネディ大統領時代は司法長官を務め、次期大統領候補とまで言われていましたが兄の暗殺から5年後、ロサンゼルスで同じく暗殺されました。

円形劇場

ケネディ大統領のお墓から南へ約15分、無名戦士のお墓(Tumb of the unknown soldier)へ向かうと大きな白い建物が見えてきます。円形劇場(Memorial Anphithater)です。

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イースター、メモリアルデー、退役軍人の日(11月、Veterans Day)には追悼式典が行われ、メモリアルデーには大統領がここで演説を行います。

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この円形劇場の設立が決定された当時の大統領、タフト大統領もこのアーリントン墓地に眠っています。タフト大統領時代には日本から初めて桜が贈られ、当時のファーストレディであったタフト大統領夫人が桜の苗を初めてワシントンDCの人工湖タイダルベイスンに植樹しました。

ちょっと寄り道

第27第アメリカ大統領(1909-1913)ウィリアム・ハワード・タフト。歴代大統領の中で最も「大きな人」(身長は182㎝、体重は平均140キロ以上)で、バスタブにはまったり、車にはさまったりいろいろ逸話があるそうです。


欧米列強が中国や東アジアに進出を強めるなか、前任のセオドア・ルーズベルト大統領が武力を用いたのに対し(棍棒外交)、アメリカの資本力を背景に南米や東アジアに進出を図るドル外交を行いました。

無名戦士のお墓

身元不明の戦士(Tomb of the unknown soldier)を追悼するため建てられた、アーリントン墓地の象徴的な一角です。

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概要

南北戦争以降、戦争で多くの身元不明者が出ました。これまでの戦争と比べ物にならないほどの死傷者を出した第一次世界大戦の戦士を弔うために、1921年に元軍人のハミルトン議員の提案で身元不明戦没者を追悼する場所がアーリントン墓地に建設されました。

ここには身元不明戦没者を代表して、第一次世界大戦の戦士1名、第二次世界大戦の戦士2名が、埋葬されています。ベトナム戦争の身元不明者も埋葬されましたが、DNA鑑定技術の発達などにより後に身元が判明し、家族のもとにご遺体が帰されたそうです。

警備の衛兵

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歩く所だけ床の色が変わっていました

アメリカで最初に誕生した陸軍連隊、通称オールドガード(Old Guard)が、24時間365日警護しています。衛兵の動きは厳格に定められていて、お墓の後ろにある黒いマットを21歩で行進、21秒東を向き、21秒北を向き、そして黒いマットを降りて21歩で元の位置に戻ります。

21は軍事的最高名誉を示す数字で、国際的に定められているんだそうです。起源は1600年代にまでさかのぼります。各国の帆船が行きかう大航海時代、他国の港に入港する際は攻撃する意思がないことを示すために空砲を打ちました。1675年、権力を誇っていたイギリスが「空砲は最大21発まで」と定め、21という数字に意味が与えられました。

現在でも、各国賓客の公式訪問受ける際、その国の軍隊や自衛隊が敬意を表して空砲を発射するそうです。その数は21を最大に、国際慣行に従って以下の通り定められています。

21発:国家元首(天皇、国王、大統領など)
19発:首相、国賓
17発:閣僚、幕僚長
15発:特命全権大使、中将
13発:少将
11発:総領事
7発:領事

衛兵交代式・式典

衛兵交代式が見どころの一つです。10月~3月までは毎時1時間ごと、4月から9月は30分ごとに行われ、多くの観光客が集まります。ちょうど無名戦士のお墓に到着した際、11時の衛兵交代式が行われていたので見学してきました。

時間になると、新たな当番の衛兵を連れて2人の衛兵が歩いてきます。監督者(というのでしょうか?)が新旧2人の当番の身なりやライフルを目視し、旧当番の衛兵を連れて戻ります。5分ほどの短い儀式で、ライフル銃を回すなどパフォーマンスのようなものはありません。

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この日は追悼式典も行われていました。現地の学校の生徒が衛兵とともにリースを運びお墓の前に飾った後、トランペットの演奏が行われました。起立、右手を胸に当てて哀悼の意を表するよう指示があり、厳かな雰囲気の中みな固唾をのんで見学していました。

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スペースシャトル慰霊碑

円形劇場の目の前に、アメリカの宇宙開発の歴史で起きた大きな事故、チャレンジャー号爆発事故コロンビア号空中分解事故の慰霊碑があります。

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チャレンジャー号は打ち上げから73秒後空中分解、宇宙に最初に到達したコロンビア号は地球に戻ってくる際に空中分解し、どちらも7人の乗組員全員が亡くなりました。この2つの事故の乗組員は、航空系博物館に行くと必ずその栄誉が称えられています。アーリントン墓地にも慰霊碑が建てられ、多くの人が足を運んでいました。

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1986年チャレンジャー号の事故の慰霊碑
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2003年コロンビア号の事故の慰霊碑

散策のおわり

衛兵交代式の見学を含め、約2時間のルートでした。アーリントン墓地にもぽつぽつと桜が植えられていて、ちょうど満開を迎えてきれいに花を咲かせていました。いつ植えられたのかはわかりませんが、アメリカの戦没者を慰霊する地に、日本の象徴である桜が植えられていることが印象的でした。美しいものは美しいと、素直に言える世界がずっと続いてほしいなと感じました。

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まとめ

この記事ではワシントンDCにあるアーリントン墓地を紹介しました。

おすすめ度:★★☆(おすすめ、できれば立ち寄りたい!)

  • 異なる埋葬文化を学べる
  • 戦没者・軍人への敬意に触れられる

ワシントンDC内にも見どころがたくさんあるので時間が足りないかもしれませんが、学ぶこと、感じることが多いスポットだと思いす。アーリントン墓地、飲み物を持ってお散歩してみてください!

ワシントンDCの観光ルートはこの記事でまとめています。2023年、桜が満開の時期に訪問してきました。お花見におすすめの時期、ルートを紹介していますのでご覧ください。

ここまで読んで頂きありがとうございました。

この記事がお役に立てれば幸いです☺

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